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信楽焼とは|整えすぎない美が息づく、日本のうつわ

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11月 21, 2025
信楽焼とは|整えすぎない美が息づく、日本のうつわ

滋賀県甲賀市・信楽(しがらき)は、日本六古窯のひとつに数えられる陶の里です。山あいの土と炎が育む器は、素朴でありながら凛とした存在感を放ちます。たぬきの置物で知られる一方で、近年は“整えすぎない美”を持つうつわとして、暮らしの中で見直されています。

本記事では、その信楽焼の成り立ちや特徴、そして現代の食卓で息づく魅力についてご紹介します。

 

 

信楽焼とは?火と土が育てる陶器

信楽焼(しがらきやき)は、「整えすぎない美」を素材そのもので語る焼物です。顔料や過剰な装飾よりも、土の粒子・灰の溶け・炎の痕跡が画面になります。テーブルに置くと、主役は料理や花に譲り、器は「空気の基調色」になります。余白を設計する器、それが信楽の本領です。

その産地・信楽は、滋賀県甲賀市の山あいに位置し、古くから日本六古窯の一つとして知られています。京都や奈良にも近く、都の文化を取り込みながら独自の土味(つちあじ)を育んできました。風化した花崗岩から生まれる粒子の粗い粘土と、薪窯による炎の仕事。

この土地の自然条件そのものが、信楽焼の「整えすぎない美」を形づくっています。

 

信楽焼=たぬきというイメージ

    信楽焼と聞いて、まず「たぬきの置物」を思い浮かべる方も多いと思います。 駅前や商店の軒先で見かけるあの愛らしい姿は、実は戦後に信楽の職人たちが地域の象徴として生み出したものです。 昭和30年代以降、商売繁盛や招福の願いを込めて全国に広まり、信楽焼=たぬき、という親しみやすいイメージが定着しました。

    一方で、信楽の歴史はそれよりはるかに古く、中世から続く“器の産地”としての地層を持っています。 たぬきは「民芸の顔」としての信楽で、 器は「生活と美の融合」としての信楽です。

     どちらも同じ地域から生まれた表現であり、実用と遊び心の両立こそが、この土地の精神といえます。近年では、現代の食卓に合わせたうつわづくりが再び注目されており、信楽焼は“たぬきの里”であると同時に、“暮らしを整える器の里”として新しい地平を開いています。

     

    信楽焼の制作工程

    信楽焼は、日本六古窯(越前・瀬戸・常滑・信楽・丹波・備前)のひとつとして、中世から現在まで連綿と受け継がれてきた焼き物です。 その制作は、自然と人の技がせめぎ合うように進みます。

    まず使われるのは、信楽の丘陵地で採れる花崗岩質の粘土です。 石英や長石を多く含むため粒子が大きく、焼き上がると粗さの中にしなやかさを残します。 この土をあえて練りすぎず、粒の存在を感じるままに成形することで、器の表情が生まれます。

     完璧な対称や均一を求めないのが信楽の流儀です。

    そして焼成。 登り窯や穴窯を使い、何日も薪を焚き続けることで、炎と灰が器の肌に「景色」を描きます。 窯詰めの位置や焚き方を綿密に計算しながら、あとは自然に委ねます。

    偶然に見える変化も、実は経験と勘によって設計された結果です。 灰が高温で溶けて自然釉(しぜんゆう)をつくり、そこに火色(ひいろ)の赤、ビードロの緑、焦げの黒が現れます。 それは釉薬で塗られた色ではなく、土と炎と時間の記録そのものです。

    信楽焼の制作は、素材を支配するのではなく、自然の働きを見極めながら導く仕事といえます。 制御と偶然の境目に立ち、結果として生まれる不均一の美こそが、信楽焼の本質なのです。

     

    使うほどに“景色”が育つうつわ

    信楽焼は、皿・浅鉢・盛鉢・酒器・花器と幅広いかたちで暮らしに寄り添う焼き物です。強い鏡面反射が少ないため、料理の質感と言える湯気や油膜、果汁のきらめきが穏やかに映えます。

    浅鉢はリムの余白が“舞台”を作り、少量でも場が決まり、盛鉢は粒子感が葉物や根菜と呼応して食卓に自然な調和をもたらします。 酒器はマットな肌で反射を抑え、酒の色味が静かに落ち着き、花器は火色と自然釉の揺らぎが一本の線を際立たせます。

    こうした落ち着きは見た目だけでなく、使う人の思考にも作用します。 視覚のノイズが減ることで盛り付けの判断が速くなり、日々の調理から配膳までの流れが軽くなる、それが信楽焼の実用美です。

    吸水性のある器は「使って→洗って→乾かす」が基本です。長時間の煮沸目止めは器の推奨に従えばよく、日常は中性洗剤と柔らかいスポンジで十分。油映りや茶渋が気になる場合は、重曹を溶かしたぬるま湯でやさしく洗います。 完全に乾かしてから収納し、高台の当たりを布で和らげれば、艶が落ち着き指なじみが増していきます。

    信楽焼は使うたびに表情を変え、暮らしの時間を静かに刻む器です。 経年変化は劣化ではなく、あなたの台所に積み重なる“景色”になります

     

    作家の“手”が立ち上がる瞬間——奥田 章 個展より

    先日、和モダンN6北円山で開催した信楽陶芸家 奥田 章の個展では、信楽の土味を残しながら線と余白のバランスで食卓を締める作品群が並びました。特に白と黒のコントラストを基調にした器は、和洋の料理どちらにも自然に溶け込み、リムの取り方・口縁の厚み・重心が実務的に設計されているのが印象的でした。

    奥田氏の拠点であるTSUBO-BUNは、1862年に初代・奥田文五郎が登り窯を開いた系譜を引く工房で、2023年11月にはブランド名を「文五郎窯」から『TSUBO-BUN』へ改称しました。

    また、札幌市中央区にある「和モダンN6北円山」ではTSUBO-BUNの器を常時展示・販売しており、信楽の土が生むマットな質感や、奥田氏ならではのモダンな造形を実際に手に取って確かめることができます。個展期間中のみならず、日常のショールームとしても、信楽焼の“いま”を体感できる場所となっています。



    和モダンN6北円山で“現物”に出会う

    信楽焼をはじめとする日本各地の伝統工芸を取り扱うショップ「和モダンN6北円山」(札幌市中央区)は、実際に器を手に取り、質感や色の“景色”を確かめながら選ぶことができる場所です。店内では、今回ご紹介した信楽焼の作品も展示・販売されており、現物を前にして土の表情や焼成のニュアンスを体感できます。

    また、オンラインショップでも一部商品を購入できます。遠方の方やゆっくり比較検討したい方は、オンラインでのご利用もおすすめです。


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