切子とは|江戸切子・薩摩切子・小樽切子の違いとその魅力

切子は、日本の伝統的なガラス工芸技法の一つです。ガラスの表面に金属製の回転砥石を研磨剤とともに押しつけて、溝を入れたり研磨したりすることで独特のデザインを施します。この技法によって作られた製品も同じく「切子」と呼ばれます。切子という名称は、立方体の角を切り落とした形を指す「切籠形(きりこがた)」に由来するとされています。
本記事では、当ショールームで取り扱っている切子、「江戸切子」、「薩摩切子」、「小樽切子」の3つにフォーカスし、それぞれの違いや魅力について触れていきます。
切子の歴史
それぞれの切子について説明する前に、切子の歴史について説明します。切子の技術の伝来は、16世紀の大航海時代に宣教師たちによってカットガラスが日本に持ち込まれたのが始まりです。その後、長崎でガラス作りが行われるようになり、江戸時代に入ると大阪や江戸、薩摩をはじめとする全国各地で製作されるようになりました。
日本の切子は、西洋の技術をベースに独自に発展していきました。原材料や製法に違いがあり、日本では鉛ガラスを使用し、手作業による摩擦でカット紋様を作る技法が明治前期まで続きました。
江戸切子
江戸切子は、江戸時代後期に江戸の町で生まれた切子技法です。庶民文化から発展した江戸切子は、その繊細で美しい彫刻技術が特徴です。
特徴
ガラスの構造
江戸切子は、グラスの型に薄く色のついたガラスを吹き付け、その上から透明なガラスを重ねる二重構造になっています。
カットの特徴
江戸切子は、くっきりとした細いカットラインが特徴的です。透明のガラスと色ガラスのコントラストがシャープではっきりしています。
色彩
現代の江戸切子は、多彩な色使いが特徴ですが、江戸時代に作られた当初は無色透明のものがほとんどでした。
触感
カットを深く掘り込むことで、エッジの利いた触り心地の良さがあります。
紋様
江戸切子には多様な紋様があり、それぞれに意味が込められています。代表的な紋様には、魚子紋、菊つなぎ紋、六角籠目紋、八角籠目紋、菊花紋、麻の葉紋、笹の葉紋、矢来紋、七宝紋、亀甲紋などがあります。これらの紋様は、縁起の良さや伝統的な意味合いを持っており、贈答品としても人気があります。
薩摩切子
薩摩切子は、幕末の薩摩藩(現在の鹿児島県)で生まれた切子です。江戸切子とは異なり、最初は藩の直轄事業として発展しました。
特徴
ガラスの構造
薩摩切子は、透明なガラスと色ガラスを二層に重ねる独特の製法を用いています1。これにより、全体的に厚みが増し、手に持った際に重厚感があります。
カットの特徴
薩摩切子の最大の特徴は「ぼかし」と呼ばれる独特のグラデーションです1。カットした部分と色の境界が曖昧で、全体的にぼんやりとした印象を与えます。
色彩
薩摩切子は、透明ガラスの上に色ガラスを被せた「色被せガラス」を使用しています。カットを施すことで、色のついた部分と透明な部分が生まれ、絶妙なグラデーションを作り出します。
触感
薩摩切子は、ガラスの厚みが増すことで手触りにゴリゴリとした感触と重厚感があり、独特の心地よさがあります。
紋様
薩摩切子にも独自の紋様があります。輪結び紋、薩摩縞、魚子紋、段差付剣菊紋、ホブネイル、八角籠目、麻の葉小紋、菊花紋、亀甲紋などが代表的です。これらの紋様は、薩摩切子の特徴である「ぼかし」技法を生かしたデザインが多く、奥行きのある美しさを演出しています。
小樽切子
小樽切子は、北海道小樽市で生まれた切子技法です。江戸切子や薩摩切子に比べると歴史は浅いですが、独自の魅力を持っています。
特徴
歴史
小樽切子は、明治時代に小樽で始まったガラス産業から発展しました。北海道の厳しい気候に適した丈夫なガラス製品の需要から生まれました。
デザイン
北海道の自然をモチーフにしたデザインが特徴的です。雪の結晶や流氷などをイメージしたカットパターンが多く見られます。
色彩
小樽切子は、青や緑を基調とした涼しげな色合いが特徴です。これは、北海道の海や森をイメージしたものです。
技法
小樽切子は、江戸切子や薩摩切子の技法を取り入れつつ、独自の発展を遂げています。厚手のガラスを使用し、深く力強いカットが特徴です。
切子の代表紋様
そもそも、切子の紋様はどれくらいあるのでしょうか?
実際のところ、切子に使用される紋様ははっきりとした数が決まっているわけではありません。工房ごとにそれぞれ重視している紋様があるため、取り上げられる紋様の数や種類も少しずつ異なっています。また、古くから伝わる伝統の紋様だけでなく、現在活躍している職人達によって新しい紋様も発明されています。それだけではなく、彫られる場所によって呼び方が変わったり、二つの紋様を重ね合わせて一つの紋様を作ったりということもあります。
さらに、同じ紋様でも線と線の幅や、彫りの深さを変えるだけでも印象ががらりと変わります。
江戸切子だけでも非常に奥の深いため、紋様は代表的なものだけでも15種類以上あると言われます。
魚子紋(Nanako)
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魚子紋は、魚卵の粒から着想を得た伝統的な模様です。古来、魚は「魚(な)」と呼ばれていたことから、「魚子(ななこ)」という読み方になりました。切子の世界では魚のウロコが重なったように見えるものを魚子紋と呼び、小さな粒感が特徴的な模様です。また、ウロコの数の多さから転じて、子孫繁栄や豊かさを願う縁起の良い模様です。
菊つなぎ紋(Kiku-tsunagi)
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縦・横・斜めの直線を複雑に交差させて、連続した菊の紋様を表す菊繋ぎ紋。線が細ければ細いほど密度が高まり、控えめな輝きが洗練された雰囲気を醸し出す人気の紋様です。細い線をたくさんカットして装飾を施す必要があるため、職人には高度な技術が求められます。
菊には「不老長寿」の意味が込められており、敬老の日や父の日・母の日の贈り物におすすめ。また「菊」から「喜久(きく)」と書くこともでき、「喜びが長く続く」という意味にも転じられるため、結婚祝いや新築祝いの縁起物としても要チェックです。
六角籠目紋(Rokkaku-kagome)
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竹かごの網目をモチーフに作られた籠目紋は、その名の通り、六角形になるようカットを施した紋様です。 籠目紋様は古くから魔除けの効果があると考えられており、六角籠目にも魔除けの意味が込められています。
横と斜めの線を組み合わせて作る六角籠目紋は、遠目からは六芒星の形にも見えます。この六芒星の形は伊勢神宮の灯篭に刻まれていることもあり、縁起がいい紋様だと解釈されることもあります。カットを施してキラキラ輝く部分と、カットを施していない部分の滑らかな質感の対比が美しく、上品な雰囲気を醸し出すのが魅力です。
八角籠目紋(Hakkaku-kagome)
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八角籠目紋も、籠目紋様の一種です。縦・横・斜めの直線を組み合わせて、八角形を作っています。八角形の部分と、直線が交差する四角いマス目が交互に配置されるのが特徴です。八角籠目紋は、六角籠目紋と同様に魔除けの効果があるとされており、八角籠目紋をあしらった江戸切子も特別な贈答品として人気があります。六角籠目紋と比べるとカットを施す箇所が多い分、光を反射する透明な部分も増え、より華やかな印象を与えるのが魅力。
菊花紋(Kikka)
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菊の花をモチーフにした菊花紋。菊系の紋様には、「不老長寿」や 喜久(きく)から転じた「喜びが長く続く」などの意味があり、菊花紋にも同様の意味が込められています。本物の菊の花びらのように、細長くて先端が少し尖ったカットを施しています。花びら1枚1枚が細長く、組み合わせるうちにサイズが大きくなるため、作品の主役としてあしらわれる場合が多いのが特徴です。
黄色や緑などの色ガラスと組み合わせたり、麻の葉紋や籠目紋といった他の紋様も一緒にあしらったりした江戸切子もあります。ほかの紋様と比べると大柄な分、カット面の立体感がよくわかり、ずっと見ていたくなる紋様です。
麻の葉紋(Asa-no-ha)
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江戸切子が誕生する前から衣服や芸術作品に取り入れられ、特に歴史のある模様の1つである麻の葉紋。麻は成長が早い植物であることから、意味が転じて健康や子どもの成長を願う縁起の良い模様です。江戸切子で表現するときは、縦・横・斜めの線を組み合わせた6枚葉のものや、細長いひし形の葉を扇状に配したものなどバリエーションがとても豊富。アレンジを加えたものを見かけることもあり、汎用性の高い模様です。
笹の葉紋(Sasa-no-ha)
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笹の葉をモチーフにした笹の葉紋。よく似ている麻の葉紋や菊花紋と比べると幅が細く、先端の尖り方も鋭いのが特徴です。江戸切子に笹の葉紋のカットを施す際は、扇状に広がるように何枚も重ねながらあしらっています。
全体的に細長いモチーフになるため、ロンググラスやタンブラーなどの縦に長い作品に使用される傾向にあります。笹は古くから神事(しんじ)に使われており、瑞祥(ずいしょう) *を意味する植物です。おめでたいお祝い事の際は、笹の葉文を配した江戸切子を贈るのもおすすめです。
*瑞祥:めでたいことが起こるという前兆。吉兆
矢来紋(Yarai)
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矢来紋は、竹を交差させて作る「矢来」と呼ばれる囲いをイメージした模様です。昔の日本の住宅のなかには矢来で家を囲んだものもあり、外敵から自分たちを守ることから魔除けの効果があるとされています。
七宝紋(Shippo)
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七宝紋は、仏教用語に由来する紋様です。仏典に登場する金・銀・瑠璃などの7つの宝を表現しており、葉っぱの先端同士がくっついて円のような形になっているのが特徴。江戸切子では中央に星をあしらったものや楕円形に引き伸ばしたもの、空間に装飾を加えた華やかなものなど様々なアレンジがされています。七宝紋は無限に連鎖する平和や円満を意味する輪の交叉から成る紋様のため、「世界中の財宝」と「無限の子孫繁栄」を表すとされています。
亀甲紋(Kikko)
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亀甲文は、亀の甲羅をモチーフに生み出された紋様です。デザインはシンプルな六角形で、漆器や焼き物、着物など様々な伝統工芸品に用いられています。切子細工に取り入れるときはカットを施して表現するほか、カットを使わず凹凸のみであしらうケースもあります。亀は昔から「鶴は千年、亀は万年」といわれ、長寿のシンボルとして尊ばれてきました。 めでたい亀から転じて、六方に亀の恵みが及ぶという意味をもっています。
亀は古くから瑞祥(ずいしょう)の動物とされているため、亀甲文を配した江戸切子は贈答用としておすすめです。
芯有り蜘蛛の巣紋
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芯あり蜘蛛の巣紋は芯なしと違い、中央も直線で埋め尽くされているのが特徴の紋様です。細かいカットが縦横無尽に施されており、虫眼鏡でじっくり観察しないと1本1本を確認できないほどの繊細さを持ちます。蜘蛛の巣紋系の模様には、「悪夢を払う」という意味が込められており、開運グッズとして購入・プレゼントできる魅力があります。
芯無し蜘蛛の巣紋
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細い糸が幾何学的に展開していく蜘蛛の巣から着想を得た「蜘蛛の巣文」。芯なし蜘蛛の巣文は名称に「芯なし」が付いている通り、紋様の中央に丸い空洞ができているのが特徴です。遠目からはレース編みのモチーフのように見え、和洋折衷の個性的な印象を与えます。蜘蛛の巣文には「悪夢を絡め取り、良い夢だけを持ち主に届ける」という意味があり、日本版のドリームキャッチャーだといえます。
切子の製造プロセス
1. 割付(わりつけ)
割付は、切子を作る際の最初の工程で、デザインに沿って目印をガラスの表面にマーカーで書き込む作業です。精密な仕上がりのための重要な下準備となり、全体のバランスや形状がこの段階で決まります。
2. 粗ずり(あらずり)
粗ずりでは、割付で示した目印に沿ってガラスを粗削りします。主に形状を整える工程で、専用の道具を使いながら大まかなデザインを形作ります。この後の仕上げ作業の基盤となる重要なプロセスです。
3. 石掛け(いしかけ)
石掛けは、粗ずりで大まかに整えた表面をさらに細かく削り、デザインをより鮮明にする工程です。細かな研磨用の石や道具を用いて滑らかな表面に整え、精密な模様を際立たせます。
4. 磨き(みがき)
磨きは、石掛け後のガラス表面に光沢を出すための最終的な仕上げ工程です。研磨材や専用機械を使い、透明感と美しい輝きを与えます。この工程によって切子特有の華やかな光の反射が生まれます。
江戸切子と薩摩切子、小樽切子では細部の技法や仕上がりに違いがありますが、基本的な製造工程はこの4段階に集約されます。
札幌で感じられる、江戸切子・薩摩切子・小樽切子
光を通札幌市北円山にある『和モダンN6北円山』では、江戸切子・薩摩切子・小樽切子の美しさを実際に見て、手に取って体感できます。伝統工芸品として名高い切子ですが、それぞれの質感やカットの違いは、写真や映像では伝わりきらないもの。札幌にいながら、全国の切子を直接比較できる空間になっています。
光を通してきらめく透明感、繊細なカットが生み出す手触り、そして職人技の美しさを間近で感じられるのは、ショールームならではの体験。和モダンN6では、実際に手に取りながら、それぞれの切子の個性を楽しめます。
ぜひ札幌で、日本の伝統工芸の魅力を存分にご堪能ください。
まとめ
切子は、日本のガラス工芸の中でも特に魅力的な技法の一つです。江戸切子、薩摩切子、小樽切子は、それぞれが独自の歴史と特徴を持ち、日本の各地域の文化や技術を反映しています。これらの切子は、単なる美しい工芸品というだけでなく、日本の文化や歴史を体現する貴重な存在といえるでしょう。